映画化もされた人気作「容疑者Xの献身」を、英語版とあわせて読んでみました。
映画は見ていたので話の筋は知っている状態で読みましたが、それでも面白かったです。
そして、英語版は、思っていた以上に英語の勉強になりました!
本書について
天才物理学者の湯川学が事件を解決する人気シリーズ「ガリレオシリーズ」の3作目。
福山雅治さん主演で映画化もされました。海外でも、韓国、中国、インドで映画化されてるんですね。インド版がものすごく気になります……踊るんだろうか。
ミステリーですが、最初に犯行シーンがあって、犯人がわかっている状態で話が進む古畑任三郎スタイル(?)です。犯人を探すいわゆるフーダニットも面白いけど、たいてい途中で分かってしまうので、追い詰める形式も好きです。「犯人VS探偵(警察)」の空気感とか。
本作の犯人は普通の母娘ですが、隣人の数学教師(湯川の同級生で数学の天才)が犯行隠蔽に協力し、警察を翻弄。警察の捜査に協力する湯川が、巧妙に作られたアリバイを崩して真相にたどり着こうとします。
英語について
英語の勉強になる
現代の日本を舞台にしていて、日常に近い話なので、思ったよりずっと英語の勉強になりました。
日→英の翻訳は、私の場合、直訳しようとして「長文になったあげく要点が分かりにくい」みたいになりがちですが、知識とセンスがある人の訳は、驚くほど簡潔で分かりやすい。
この本では、この会話でそう感じました。
「ええまあ。だってこのあたりは電車だと不便でしょ」(p.60)
'Sure did. Train station's too far away.' (p.64)
「電車だと不便」はよく使う言い回しですが、たしかに、そのまま訳すと意味がやや曖昧になります。
「駅が遠い」とか「電車の本数が少ない」とか、具体的に言うほうが簡潔なうえに、明瞭でわかりやすい。
他にも、よく使う言い回しで目を引かれた表現がこちら。
「お二人はコーヒーを飲むかい?」(p.90)
'Can I interest you gentlemen in some coffee?' (p.97)
「~はいかが」系ときたら、もう Would you like~?ゴリ押し一本足打法みたいになってしまっていたので、こういう言い方もサラッとできるようになりたい。
翻訳の勉強になる
読者に疑問を残さない
全体的に、読者が「あれ?」と思わないのを最優先に、意訳や、補足、省略をしている印象です。文庫版を読んだので、底本が違うかもしれないですが。
特にミステリーのジャンルでは、ちょっと引っかかることがあると、「伏線なのかな?」と迷ってしまうので、こういう訳は読みやすく感じます。
なかには、英語版の補足のおかげで、原文の理解が捗った箇所もありました。
本人が病名を知っていたかどうかは、今となっては永遠に謎だ(p.171)
It wasn’t hospital policy to tell patients about their cancer without family consent, so I’m not sure whether she ever knew what she had. (p.194)
この患者はまだ若く、意識もあったように読みとれたので、「告知されてなかったのかな?」と気になったのですが、この作品が連載されていた2003年当時の告知率は低く、半分強くらいしかなかったんですね。今は、基本的には告知する方針のようです。
【ネタバレ注意】感想
※ここからはネタバレを含みます。未読のかたはご注意ください。
靖子や石神、特に石神の印象が二転三転させられたのが面白かった。
工藤のこの台詞は、石神を思うと心に突き刺さります。
好きな人間から頼まれたからといって人殺しをするほど馬鹿じゃない。(p.194)
I wouldn't be stupid enough to kill someone just because a beautiful woman asked me to. (p.219)
頼まれてすらいないのに、それをした石神……。しかも「馬鹿」とは対極にあるような頭脳を持っているだけに、痛烈な皮肉です。
この物語では彼の、花岡母娘への強烈な愛情、わが身を顧みない献身と、それに反比例するような、被害者のホームレスへの無関心と、あまりに身勝手な凶行が描かれます。
こんなに赤の他人を思って尽くせる石神が、なぜ無実のホームレスにむごい真似ができたのか。私は、石神はホームレスたちを見下げていたというよりも、自分と重ねていて、同一視しすぎてしまい、それが殺しても構わないという思いにつながったのではないかと想像します。
人は時に、健気に生きているだけで、誰かを救っていることがある。(p.386)
Sometimes, all you had to do was exist in order to be someone’s saviour. (p.431)
石神が惹かれたのは、この「健気」というところだと思う。
ホームレスたちと花岡母娘は、いわゆる「弱者」的な立場であるけれど、前者は諦め、後者は前向きに懸命に生きている、という違いがあります。石神自身は弱者ではないものの、人生を諦観しています。
環境に屈せず、眩しいほど健気な花岡母娘に石神は崇高さを感じ、神格化してしまったのでは。
湯川と石神、2人の天才による熱いバトル!!的なものを期待して読むと、冷や水を浴びせられるどころか氷海に突き落とされたような気持ちになるかもしれませんが、とにかく面白かったです。