ペーパーバックの虜

洋書・翻訳書を中心とした読書ブログです

「ハウルの動く城」感想 映画と原作小説の違いなど

ジブリ映画「ハウルの動く城」の原作になった小説「ハウルの動く城1 魔法使いハウルと火の悪魔」の原書(Howl’s Moving Castle)と日本語版を読みました。

映画と異なる部分が多くて驚きましたが、とても面白かったです。

 

 

シリーズについて

<ハウルの動く城>シリーズは3巻あります。

  1. Howl’s Moving Castle / 魔法使いハウルと火の悪魔 
  2. Castle in the Air / アブダラと空飛ぶ絨毯
  3. House of Many Ways / チャ―メインと魔法の家

 

あらすじ

帽子屋の娘のソフィーが暮らす町には、2人の悪い魔法使いの噂があった。国の支配を企む「荒地の魔女」と、若い女性の魂を奪う魔法使いハウル。

ある日、帽子店に荒地の魔女がやってきて、店番をしていたソフィーを魔法で老婆に変えてしまう。老婆になったソフィーは呪いを解くため、ハウルの住む城に乗りこむ。

 

感想

全体の印象

ジブリの映画が好きで、今回はじめて原作小説を読みましたが、映画と小説で異なる部分が多くて驚きました。

大まかな話の流れは同じですが、ざっくりした印象で言うと、映画は登場人物が少ないが話はやや分かりにくくなっており、小説は人物関係が複雑だけど物語は明快です。

映画を見たときは「これってどういうことなんだろう?」と思う場面が何度かあったのですが、小説では全て説明がついて納得できる結末になっています。

(※小説を読んで映画の謎が解ける、という意味ではありません。映画では戦争が加えられたり、複数の人物が1人にまとめられたり、結果としてカカシや犬の正体も別の人物になっているので、映画の補足が読めるわけではなかったです。)

 

ハウルとソフィー

小説で一番楽しかったのが、ハウルとソフィーの掛け合いです。

ソフィーがぷりぷり怒って、ハウルが穏やかかつ冷ややかに皮肉を言うの、正直めっちゃ萌えました。

英語版の巻末で著者が似たようなことを言っているけど、たしかに映画の2人のほうが落ち着いてる感じがします。原作だともっとバチバチであった……とてもよい(*´꒳`*)

ソフィーが、何を聞いてものらりくらり躱すハウルに

"He is a slithererouter," (p.102)

「なんというぬるぬるうなぎ」(p.77)

と毒づき、ハウルが緑のねばねばを出した暁には jellied eel 「ウナギのゼリー寄せ」と言ってのけるところは笑っちゃいました。ここの日本語訳の流れ、ほんと好き。

 

あと、ハウルの言葉遣いが好みです。さりげなく使われた魔法に驚くソフィーに、

And whatever Calcifer told you, I am a wizard, you know. Didn’t you think I could do magic?(p.96)

それに、カルシファーがなんと言ったか知らないけれど、ぼくはれっきとした魔法使いだよ。魔法ができるとは思わなかったの?(p.72)

映画のハウルは、いつも完璧に見えるけど実は弱いところもある、という印象でした。小説は逆で、普段は女たらしで適当だけど肝心な時は頼りになるし、ふとした時に強大な魔法使いであることが伺えるのがたまらん……。

映画も小説も両方とも優美な感じが好きです。ハウルといえば耳飾り!と思っていましたが、小説を読んだ今は、耳飾りに加えて香水のイメージも強くなりました。

 

感想(※ネタバレあり)

※ネタバレを含むのでご注意ください。

 

なぜソフィーは老婆になったのか

小説では、ソフィーが「物に命を吹きこむ」魔法を使えることが明らかになります。

また、ソフィーを老婆にしている呪いは、荒地の魔女だけでなく、ソフィー自身の力も使われているとハウルが言っています。

映画でもソフィーの心情に合わせて外見年齢が変化するシーンがあります。

私は最初、美しく優秀な妹に劣等感を持ちながら退屈な生活を送るソフィーが「自分なんか老婆がお似合いだ」のように思い込んでいて、知らずに自身の魔法を発動させてしまっていたと解釈していました。

でも、最後にハウルが、臆病な自分が魔女に立ち向かえるように自分で自分をだましていた、と話す場面を読んで、ソフィーもそうだったのでは、と思い返しました。

荒地の魔女に呪いをかけられる直前、ソフィーは退屈な生活から抜け出して何か違うことがしたいと思ってはいるものの、なかなか一歩を踏み出せずにいました。

素敵だと思う男性に声をかけられても逃げるだけ。継母にこき使われても文句ひとつ言えません。

ソフィーは長女であることにコンプレックスがあり「長女だから何をやってもダメなんだ」のようなことを作中で何度も吐露します。炭治郎を思い出してちょっと笑ってしまう……

一方、老婆は何事にも動じないもの、のような思い込みがあり、老婆になったとたん、凶悪な魔法使いの根城に乗り込んでいき、若い男性だろうが国王だろうが気おくれせず話すことができるようになります。

老婆の姿は、冒険に出る一歩を踏み出すために、ソフィーが自分の心をだますために必要としたものだったんじゃないのかな。

これを考えていた時、そういえば子どものころ、近所の書店で漫画を買うのが恥ずかしくておばあさんに変身したいと思っていたことを思い出しました。

いま思うと別人なら男性でも少女でもいいはずなのに、なんで老婆?と不思議ですが、なんとなく、物語などで老婆というと他人に何を言われても思われても気にもとめない、みたいなステレオタイプのイメージがあるからなのかな。現実に私の周囲には、そんなタイプのご婦人はいなかったと思うけど。

 

大人にも英語多読にもおすすめ

ああだこうだと長くなってしまいましたが、つまるところ、映画も小説もどちらもとても好きということです。

児童書に分類されることが多いですが、個人的にはそこまで子供向けに感じませんでした。しいていうならヤングアダルトかな。

英語も児童書というよりも、ヤングアダルト向けのファンタジーという印象でした。

映画の雰囲気が好きなら、ぜひ小説もおすすめしたいです。